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北杜夫原作 映画『ぼくのおじさん』 [雑感]

 ネットの動画配信で『ぼくのおじさん』を観る。

 北杜夫(きたもりお)の同名の児童向け短編の映画化だが、さて今、北杜夫のことをどれだけの人が覚えているのかと、少し気になった。
 北杜夫は、1927年(昭和2年)生まれ、2011年(平成23年)に84歳で死去した。昭和2年というと、わたしの父が昭和3年生まれだから、ほぼ同一世代。そのせいか、父の本棚には、北の作品がたくさんあった。私が最初に読んだのは小学生の頃で、『どくとるマンボウ航海記』(1958年刊)だった。これがめちゃくちゃ面白くて、その後も北の本は、結構読んだと思う。ただ、純文学の方は退屈で、芥川賞を取った『夜と霧の隅で』(1960)位しか読んでいない。いや、もともと小説はあまり好きではないこともある。ともあれ、生前は日本の大人気作家であったことは確かだ。
 しかし、亡くなってからまだ6年というのに、書店で北の本を探すのは難しい。せいぜい映画化された『ぼくのおじさん』くらいなものだ。これは、同時期親友で人気作家であった「孤狸庵先生」こと遠藤周作についても言える。ただ、遠藤も小説『沈黙』が昨年映画化され(日本公開は2017年)ている。
 ベストセラー作家と言っても、やはり時代が生んだものだから、例えば、伊藤整(1905~1969)の名前を覚えている者が今どのくらいいるだろうか。私はたまたま大学時代に男声合唱をやっていたものだから、伊藤整の詩による曲をかなり歌ったので覚えているが、小説やエッセイの分野でも例えば『女性に関する十二章』(1953)などはよく売れて、わが家にもあった。ただ長編小説『火の鳥』(1953)は、本を見たこともない。
 小説や詩にしても漫画にしても、新人が続々出てくる中で、今も名を残して本も売れている方はやはり偉大なのだなと思う。例えば、石川啄木、宮澤賢治など。生前は全く売れなかったけど。

 なお、小樽では、20年前から冬のイヴェント「雪あかりの路(みち)」という大規模なキャンドルサービルの催しが行われているが、この名称は伊藤整の詩「雪明りの路」を由来としている。伊藤整は、北海道松前に生まれ、小樽高等商業学校(小樽商科大学の前身)を卒業し、その後上京した。小樽市塩谷には彼の文学碑がある。
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